むかしむかしの話やと・・・。

 飛騨の国に、古川というところがあった。肥えた土地の豊かな村で、村人たちは、米や野菜の作物を作って、のんびり暮らしておったと。村人たちは、五穀豊穣の狐神をまつり、豊かな実りに感謝しておった。
 ところが、それをよく思わなんだものがおった。水の神の大蛇じゃ。村人たちが、稲荷神社を作って、熱心におまいりするのを見て、
「なんじゃ、狐ばっかり大切にしておもしろくない。わしはこの里の水を枯らしてやろう」
と、たいそう腹を立てて、田畑から水を枯らしてしまったんじゃ。
 いくら肥えた土地でも、水が枯れてしまっては、作物は育たない。今までにない日照りが続き、米や野菜はほとんどできんようになってしまったんじゃと。

 古川の里を治める増島の殿様も、この日照りに心を痛めておいでた。増島の殿様は、まだ独り身の若い殿様じゃったが、それは立派な方じゃったと。日照りで不作が続く中、周りの国の殿様は、ますます厳しい年貢の取り立てをし、村人たちは自分たちの食べるものさえなく苦しんでおったが、増島の殿様は、年貢を取らないどころか、たいそうな借銭をしなさって、遠くの国から米を買って、村人に分け与えなさったんやと。
 村人たちは、
「本当にすまんこったなぁ。わしら百姓のことを考えてくださる、本当にえらい殿様じゃ」
と、口々に感謝しておったと。

 ある日のこと、増島の殿様が、古川の里を家臣とともに見回ってござった時のことじゃ。
 殿様の耳に、かぼそい声が聞こえた。
「たすけてー」
 殿様が声のする方に急いで馬を走らせると、野兎の罠に足を挟まれた若い娘がおったんじゃと。
「いますぐ罠を外してやろう。痛かろうが、辛抱するのじゃぞ」
 身なりのよい、たいそう美しい娘じゃった。
 殿様は罠を外すと、
「この傷では歩けまい。傷が癒えるまで、我が城で養生するがよい」
と、増島の城に連れてかえったんじゃと。

 娘は、「おこん」と言う名で、美しい、気だてのやさしい娘じゃった。それにたいそう賢かった。おこんの傷が癒えると、殿様はどこへいくにもおこんを連れて歩いたんじゃと。
 その日、増島の殿様は、稲荷神社で、おまいりをしながら、考え込んでござったんやと。
「今年も不作じゃなぁ、この時期にまだ田んぼが青々としとる。何かよい策はないものか。」
 するとそばで聞いていたおこんが、
「お殿様、荒城の川から水を引いてはいかがですか。古川の里に水路を作るのです」
と、言ったんやと。
増島の殿様は、はたと膝をうち、
「その手があったか、里をうるおす水路を作ればよいのか。おこんの言うとおりじゃ、さっそく取りかかろう」
と、喜んだと。

次の日から、殿様は、自らが鍬を持ち、家臣とともに水路の工事をはじめなさった。もちろん村人たちも総出で鍬を持ち、土地を打った。
村人たちは口々に言った。
「さすが、増島の殿様よ、水路を作るとは、わしらは思いつかなんだ」
「いいや、おこんが言ったのじゃ。この水路ができれば、豊かな実りが古川に戻る。皆の者、今は大変であろうが、がんばってくれよ」
「賢い、おこん様じゃ。それにどえらいべっぴんの姫様や」
「立派な殿様にお似合いじゃ。はよう祝言をあげなさればいいのう」
殿様も、お自分のことのように喜んでくれる村人たちの声を聞いて、水路ができたら、おこんと祝言をあげようと、心に決めなさったんやと。
厳しい作業じゃったが、皆の力で、工事は着々と進んでいった。

 そうして、ついに立派な水路が出来た。里には水が戻り、また、田畑に実りが戻った。殿様はおこんを連れて城下を見回ってござった。
 ある四つ辻にさしかかった時じゃ。水路から大きな蛇が飛び出し、殿様に襲いかかったんじゃ。
「憎らしや。水を枯らしたのに、水路を作るとは」
大きな口を開け、今にも殿様を飲み込もうとするその先に、一匹の白い狐が飛び出し、蛇を打った。
「なんと、おまえは狐神の娘。おまえの仕業であったか。今に見ておれ」
そう言って蛇は驚き、一ひねりすると水路に飛び込み、逃げていった。
白い狐は、すうっと立ち上がると、おこんの姿に変わったんじゃと。
「殿様、わたくしは気多の山に住む、狐神の娘でございます。あの日、罠にかかってしまい、人間に化けて助けを求めておりました。あまりにも殿様や、里の人が優しゅうございますので、今まで化け続けておりました。お許しくださいませ。」
と、言ったんじゃと。
するとすぐさま殿様は、
「たとえ狐でもよい。賢く、皆のことを考える娘じゃ。今しがたも、わしを守ってくれたではないか。わしの妻はそなた以外には、考えられぬ。どうか一緒になってくれぬか」
と言ったんじゃと。
すると、村人たちも口々に、言ったんじゃ。
「わしらの殿様が好いたお方じゃ。狐でも人でも関係ない」
「そうじゃ、そうじゃ、おこん様のおかげで、里に実りが戻ったではないか」
「わしらの殿様の嫁様は、おこん様だけじゃ。どうか、古川の里にいてくだされ」
 そういうわけで、おこんは、増島の殿様に嫁入りすることになったんじゃと。

 そして、婚礼の日になった。
 夕暮れになると、古川の里の三つの寺の鐘が鳴り響いた。増島の殿様も、家臣も、そして村人も、皆顔に白粉をぬり、狐の嫁入りが始まった。それは豪華な婚礼じゃったと。
 花嫁衣装をつけたおこんは、それはそれは美しく、輝くばかりじゃったと。
 水路に映った提灯の灯りがゆらゆらとゆれて、そろそろと狐の行列が続く。誰が人で、誰が狐かなんて、もうわからんくらいじゃったと。
 もうすぐ、嫁入り行列が増島の城に着くという矢先、またも大蛇が飛び出し、おこんに襲いかかった。
 その時、もうもうと煙がたちのぼり、二匹の大きな狐が現れると、大蛇の首を押さえたんやと。
「我らは狐神。蛇神よ、大地の実りは、水と土あってのことじゃ。ぬしも里の神となり、この地を守られよ」
すると大蛇は、どうと倒れると、大きな一本の縄になってしまったんじゃと。

その後、無事祝言が行われ、夜遅くまで祝いの酒盛りが続いたんじゃ。
殿様とおこんはめでたく結ばれ、いつまでも幸せにくらしたんじゃと。
それからは、毎年秋になると、稲穂が重たく頭を垂れ、古川の里が黄金色に染まるんじゃ。

こんこん、めでたし、めでたし。

「きつねの嫁入り」良仙画より ザ・アリス所蔵